「心で考える」。1番大切で、1番難しいこと。

前回の続きになります。

前回書かせていただいたように、今のアメリカ社会でトランプ大統領を支持するような人達がたくさんいる原因、「自分が、自分達が」と他人のことを考える余裕のない人達がたくさんいる原因は、アメリカ社会の心を疎かにした行動にあるのでは?と私は考えています。

格差社会やテロへの不安など、アメリカ国民の心から余裕を奪っている様々な問題は、元をたどればアメリカ社会の心を疎かにした行動によって引き起こされているのではないのでしょうか?

心を疎かにした行動が、「不満」「怒り」を生み出し、「不満」「怒り」を感じ、心の余裕をなくしてしまった人達が同じように心を疎かにした状態で行動し、また別の「不満」「怒り」を生み出してしまう。

アメリカ社会はこのような悪循環に陥っているのではないのかと、私は考えています。(日本や世界の国々にも当てはまる部分はあると思います。)

では、この悪循環から抜け出すために、トランプ大統領を支持するような人達、社会を変えるためには何が必要なのでしょうか?

私はこの悪循環から抜け出すためには(社会が変わるためには)、「1人1人の国民が自分の向き合う物事に対して、少しでも深く「心」を持って考えることができるようになることが大切になってくると考えています。

 

悪循環から好循環へ

今のアメリカ社会が心を疎かに行動しないために、悪循環から抜け出すためには、過去の歴史から学ぶことで答えが見つかるのでは?と私は考えています。

例えば、国と国との争いについて。

今の時代のように「国と国との争いは、武力ではなく対話で解決しよう」ということが当たり前ではなかった時代。世界大戦が起こっていたような時代の人達はなぜあれほど悲惨な戦争を起こしてしまったのでしょうか?

それはやはり、今のトランプ氏が大統領になった社会と同じような物事の考え方。「自分が、自分達が」という思いが強すぎたからだと思います。
「自分が、自分達が」という強い思いが、他人の痛みを想像できなくしてしまい、自分達の利益のためなら平気で戦争を起こしてしまうような恐ろしい心にしてしまいました。
1つの国の心を疎かにした行動(自国の豊かさのために武力で他国に進出しようという考え)が他の国の心の余裕を奪い、他の国々までもが心を疎かに行動してしまう。(同じように他国に武力で進出しようという考え)
一部の人達を除いて、ほとんどの人達、国々は戦争をすることにあまり疑問を持っていなかったと思います。

しかしそういった社会にありながら、戦争に反対していた人達は、なぜ「戦争はいけないこと」と強く思うことができたのでしょうか?

私は、戦争に反対していた人達というのは、社会の流れ社会の当たり前に流されることなく、戦争に向き合い考えることができたからだと思います。
戦争をすれば、人と人が殺し合い、殺された人はもちろん、その家族、友人、沢山の人達が苦しみを抱えることになるということを感じることができたからだと思います。
戦争に反対している人達は、戦争をすればどれだけの人達が苦しみを抱えることになるかを深く「心」を持って考えることができたからこそ、「戦争はいけないこと。」と思えることができたんだと思います。

もちろん戦争に反対している人達も、「自分が、自分達が」というような思いは多かれ少なかれ持っていると思います。
しかし、他人の気持ちを考えようとする「心」「自分が、自分達が」という「良くない心」を抑えてくれます。
他人の痛みを想像できれば「自分が、自分達が」という行動にブレーキをかけることができます。
深く相手の気持ちを考えようとする「心」が、何が正しくて、何が間違っているのかを判断できる「力」になってくれます。

そして、深く「心」を持って考えられる人正しい判断をできる人が増えれば増えるほど、その人達の考えは社会にとっての「当たり前」を変える「力」になり、社会が悪循環から抜け出し、良い方向に進む「力」になってくれます。

国と国との争いがすぐに戦争となってしまった時代には、戦争について深く向き合い考えることのできた人達(戦争を反対する人達)の声は、社会には届きませんでした。
しかし、戦争で大きな痛みを経験し、戦争について深く考えなければならない状態になり、多くの人が「戦争はいけないことだ」と気づくきっかけになりました。
戦争に向き合って考えることで、今の私達の時代のように、「戦争はいけないことだ」という考えが「当たり前のこと」として考えられるようになっていきました。
そしてこのように考えられるようになったことが、国と国との争いが戦争に結びつくという悪循環を抜け出す「力」に、戦争に対する社会の考えを変える「力」になってくれました。
(今の時代の私達は、ここからまたもっと深く戦争に関して向き合い考える必要があると思います。もちろん私も含めてです。)

過去の時代から今の時代までを顧みても、多くの人が深く「心」を持って考えられるようになった物事に関してその物事は悪い流れから抜け出すことができています。
だからこそ、今のアメリカ社会で起きている問題にも、少しでも多くの人が、深く「心」を持って考えられるようになることが大切だと思います。
1人1人の国民が深く「心」を持って考えられるように成長した大きさが、社会を変える「力」(悪循環から抜け出す「力」)になり、社会が成長する「力」になると思います。

今のアメリカ社会で、心を疎かにしたことで起きてしまった様々な問題に(格差社会やテロへの不安など)、今までよりも深く「心」を持って考えられるようになることが、問題を解決するための大きな1歩となるのではないのでしょうか?
心を疎かにした行動が、悪循環を生み出すことに繋がるのなら、逆に「心」を持って行動すれば、好循環を生み出すことに繋がるのではないのでしょうか?

社会に起きている問題、苦しんでいる人達に対して、深く「心」を持って向き合い考え寄り添う気持ちで向き合うことができたなら、「不満」「怒り」を減らすことに繋がるはずです。「感謝」「思いやり」の心を生み出すことにも繋がるはずです。

「心」を持った行動が、余裕のない人達の心に「感謝の気持ち」「思いやりの気持ち」を生み出し、余裕のない人達の心に少し余裕をもたらしてくれる。そしてその余裕が、余裕のなかった人達の心に、今までの自分よりも深く物事に向き合う(心を持って物事に向き合う)「力」をもたらしてくれる。
自分が、自分達が」という考えが「当たり前」になってしまっている人達の「当たり前」を変える「力」をもたらしてくれる。

心を疎かにした行動が、心を疎かに行動する人達を生み出すという悪循環を抜け出し、心ある行動が、心を持って行動できる人達を生み出すという好循環になった時、心を疎かに行動した人達「心」が変わる「力」になり、社会は変わることができるのではないのでしょうか?

 

社会が成長するために

言葉で言うのは簡単ですが実際に様々な物事に対して深く「心」を持って考えるというのは、すごく難しいことです。
しかし、その難しいことをしないと、国民が成長しないと、社会は変わることができないと思います。

私達の行動というのは、意識せずとも、誰かの「心」に少なからず何らかの影響を及ぼしています。

電車で席を譲ってあげる人、元気に挨拶をする子供、笑顔で接してくれる店員。何気ないこと、当たり前のように思えることでも、心を持った行動というのは、それを見たり、接したりすることで、心を温かい気持ちにしてくれます(心に余裕を与えてくれる)
人の温かさに触れた時というのは、いつもの自分より少し心に余裕のある状態になります。(もしこのような場面に出会ったら、1度意識して自分の心の変化を感じてみてください!)
そして良い影響を受けた人が、いつもより豊かな心で行動でき、それがまた誰かに良い影響を与える。(ほんとうに少しかもしれませんが。)

1人の何気ない行動でさえ、このように巡り巡って多くの人に、そして社会にほんとうに少しかもしれませんが、良い影響をもたらすことに(社会の豊かさに)繋がっています。
もし私達が今の自分より、様々な物事に深く「心」を持って考え、行動できるようになれば、その成長の大きさだけ、誰かに良い影響を与えることができるのはずです。社会に良い影響を与えることができるはずです。
そして豊かな心が社会に広がった時(多くの国民の心に余裕が生まれた時)、社会の問題に対して、私達が心を持って判断できるようになると思います。これが社会が成長するということだと思います。
多くの人が「自分が、自分達が」という心ではなく、他人のこと、子供達のこと、将来の国のことを思いやる心で様々な物事に深く「心」を持って考えられるようになることが、社会の成長だと思います。

今のトランプ大統領を生み出したアメリカ社会が変わるためには、やはり国民1人1人の「心」の成長が欠かせないと思います。
それはトランプ大統領を支持するような心に余裕のない人達の成長はもちろん、トランプ大統領に反対している人達の成長も、同じくらい必要だと思います。

前回書かせていただいたように、アメリカ国民の心から余裕を奪ったのは、アメリカ社会の心を疎かにした行動が原因だと思います。
一見するとアメリカ社会の方向性を決めているのは、政治家などの力を持った人達なので、政治家の心が変わらなければ社会は変わらないように思えます。
しかし、私は逆だと思っています。私達、国民が変わらなければ、政治家の心は変わることができないのではないのでしょうか?

トランプ大統領が、心を余裕のなくした人達の「思い」から生まれたように、政治家とは、良いところも、悪いところも、私達国民の「心」そのものが反映されているのではないのでしょうか?

例えば、アメリカ社会のように、格差などの社会問題に対して深く向き合えず、国の経済的発展や自分達が豊かさを求めることが「当たり前」になってしまっている心で国民が国の代表を選んでしまえば、そういった人達が選んだ政治家達は、もちろん経済発展を最優先に政策を行うはずです。その結果、今のアメリカ社会のように、経済は発展しようとも、格差などの問題はどんどん大きくなり、心に余裕のない人達を生み出すことに繋がってしまいます。そして心の余裕をなくした人達がトランプ大統領のような「自分が、自分達が」という心を疎かに行動する大統領を選んでしまうという悪循環になってしまいました。

こう考えると、確かに政治家も、心を持って考えられていませんが、トランプ大統領に反対する人達も含めて、国民全体の意識も、経済的に豊かになることや自分達の生活が豊かになる思いが強すぎた部分があるのではないのでしょうか?
そういった国民の深く「心」で考えることができない部分が、その人達が選んだ政治家にも現れてしまったのではないのでしょうか?

これは日本にも、世界の国々にも、もちろん私自身に当てはめても同じことが言えると思います。

政治家といっても私達と同じ人間です。私達国民が暮らしている同じ社会の中で生活しています。
私達国民が経済的、物質的な豊かさを追い求める「心」が大きすぎれば、そういった社会の中から選ばれた政治家は、同じような「心」を持った人が選ばれるのは当然のことだと思います。
逆に、私達国民が経済的、物質的な豊かさを追い求める「心」があったとしても、それ以上に、苦しんでいる人達地球の環境将来の子供達のことなどを優先的に考えることが「当たり前」になっていれば、そういった社会の中から選ばれた政治家は、同じように「心」を持って様々な物事に深く向き合える人が選ばれるのではないのでしょうか?

「1人1人の国民が自分の向き合う物事に対して、少しでも深く「心」を持って考えることができるようになることは社会にとってすごく大切なことです。
私達の1人1人の「心」が周りの人達に影響し、社会に影響を与えています。私達の「良い心」「悪い心」も同じように社会に影響を与えています。
私達1人1人がどのような心を持って物事に向き合えるのか。どれぐらい深く「心」を持って様々な物事に向き合えるか。
社会を変えるには、まずは自分が変わることから始めなければいけないのではないのでしょうか?
自分が変わり、家族や周りが変わり、そして社会が変わる。こういった好循環を生み出すためにも、まずは自分の物事へ向き合う際の「心」の成長が必要なのではないのでしょうか?

 

偉そうなことばかり書いてきましたが、私自身も「心」を持って考えられないことばかりです。
時間はかかるとは思いますが、以前、このブログの心で考える大切さで書かせていただいたように、「心で考える時間」を作り、1つでも多くの物事に深く「心」を持って考えられるような豊かな心に成長していきたいと思います!
自分自身も、また社会も、いきなり大きく変わることは難しいことだと思います。少しずつしか成長はできないかもしれませんが、そういった少しずつの成長こそが、自分自身のためにも、社会のためにも、すごく大切なことなんじゃないのかな。と感じています。

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