「心で考える」。1番大切で、1番難しいこと。

大河ドラマ 西郷どん第1話 心に響いた場面(感想)

2018年の大河ドラマ、「西郷どん(せごどん)」がはじまりましたね!

大河ドラマは一昨年の「真田丸」、昨年の「直虎」と大変楽しませていただけたので、今年の「西郷どん」もすごく楽しみにしていました。

個人的には第1話を見た感じでは、次回が待ち遠しくなる、1年を通して楽しめそうな予感がしました!

せっかく1年見るんだったら、何か大河ドラマで感じたことを自分の成長に生かせればなと思い(あとブログを更新するクセをつけるためにも 笑)、自分なりに「西郷どん」で心に響いた場面について毎週書いていこうと思います!

まぁ、結局自分の成長には結びつかず、ただの感想文を書くだけになりそうですが 笑

で、早速第1話で心に響いた場面についてなのですが、やっぱり第1話だったら主役の小吉(西郷隆盛)から何か響かなければいけないだとうということで(笑)、小吉がとったある行動について書いてみようと思います。

私が小吉の行動で心に響いたのが、小吉の将来の妻になる「糸(いと)」の「女でなく男に生まれたかった」という気持ちを理解するために、小吉が自ら女装して、女性とはどのような気持ちで日々を過ごしているかについて、向き合い考えていた場面です。

この時代の女性をとりまく環境というのは、男性よりも女性が3歩も4歩もさがってついていくという、まさにTHE亭主関白の時代です。

小吉が女装して経験したように、女性は道の真ん中を歩いてはいけなかったり、洗濯も男性と女性でわけて洗わなければいけないような環境でした。

今の私達の時代ならこれは間違った考えだとわかるのですが、当時の時代ではそれが「当たり前」でした。
男性が上で、女性が下。そのような感覚が「当たり前」の社会でした。

でも小吉はその社会の「当たり前」に向き合い考えることができる少年でした。

この社会の「当たり前」は、本当に正しいことなのか、おかしなことなのかを。

私たち人間というのは環境に流されやすく、環境に適応してしまう生き物だと思います。
今暮らしている社会の文化や習慣が「当たり前」になり、何の疑問を持つことなく暮らしてしまう人がほとんどだと思います。(私もその中の1人です。)

でも小吉のように、誰かの気持ちになって物事を考えるということは、その物事が「正しいことなのか」、「おかしなことなのか」を色々な人の目線で、大局的に向き合うことにつながることを学びました。

社会の環境がこうだからと、社会の「当たり前」に何の疑問を持だずに暮らすのではなく、この「当たり前」は本当に当たり前のままでいいのか?と向き合い考えることが大切だと感じました。

「当たり前」の改善点を見つけ、その物事がより正しい方向へ進むよう行動することが、社会の成長に繋がっていくのだと思います。
そしてその成長の繰り返しが、今の私達の時代を築き、また次の時代を築く「力」になっているんだと思います。

また、この考えを自分の人生に当てはめても同じことが言えると思います。

自分の日々の生活での「当たり前」の改善点を見つけることができれば、それは自分がより成長できる「力」になるはずです。
自分の「当たり前」に向き合い、正しいことなのか?おかしなことなのか?もっと良い方法があるんじゃないのか?と、様々な視点で考える機会をもつことが、自身の成長につながっていくと思います。

小吉のように大局的に物事を見つめ、「何が正しくて」「何がおかしいのか」を考えられるようになるためにも、色々な立場の人の気持ちを考え、行動することが大切です。
もちろん言葉でいうほど簡単なことではありませんが、少しずつでも「当たり前」に向き合い考えられるようになれればなぁ。というのが「西郷どん第1話」を見て私が1番深く感じたことです。
(個人的にはこのように感じた次の日には、この気持ちを忘れてしまう自分自身の「当たり前(悪い習慣)」からまずは改善していきたいです 笑)

ということで、大河ドラマ「西郷どん第1話」の心に響いた場面についての話でした。

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