「心で考える」。1番大切で、1番難しいこと。

大河ドラマ 「西郷どん」第23話 「きれいごと」と考えてしまう弱さ(感想)

今回の「西郷どん」23話はとても悲しい結末を迎えてしまいました。

子供の頃から一緒に育ってきた仲間が斬り合うという最悪の結果になってしまいます。

一度は吉之助の説得に応じた「有馬」でしたが、自分の考えを抑えきれず、過激な行動を起こそうとしてしまいます。

「有馬」と幼い頃から一緒に育ってきた「大山」は、どうにか「有馬」を説得しようと試みましたが、失敗し、お互いに斬り合うという結果に。
この斬り合いの前の場面では、子供の頃のようにみんなで「うなぎ獲り」を楽しんでいただけに、どうにか話し合いで解決できなかったのかと思わずにはいられませんでした。

 

「有馬」と「大山」が斬り合うという選択をしなければいけなかったように、大人になると「きれいごと」だけでは解決できないと言われるようなことがたくさんあります。

子供の頃であれば、相手に手を出すのはいけないから「うなぎ獲り」の競争で決着をつけようと思えた人達が、大人になると命をかけないと決着がつけれなくなってしまうように。

大人は、子供に「あれをしてはいけない」「これをしてはいけない」と色々と教えて育てますが、いざ自分が大人になってみると子供の頃に学んだことが「きれいごと」のように感じてしまうことがあります。

ほとんどの人が「きれいごと」のほうが正しいことだと気づいているけれど、その「きれいごと」を貫くことがとても難しいんだと思います。

「有馬」が刺された時に「大山」が「なぜ仲間同士で血を流さなければいけないのか!」と嘆き、斬り合っていた人達の動きが止まったように、誰もが心の底ではこの斬り合いが正しいことだとは思っていなかったと思います。
「きれいごと」と考えていた、話し合いで解決するということが正しいことだとわかっていたはずです。

でもそうすることができなかった。お互いが自分たちの気持ちを抑えることができなかったから。

「きれいごとだけでは生きていけない」という言葉をよく聞きますが、私はこの場面を見て、「きれいごと」で生きていけないというのは「弱さ」じゃないのかと感じました。

「きれいごと」を貫くための「思いやり、忍耐、努力、信念」などの強い心を持てなかった時に、人とは「きれいごと」を通せなくなってしまうんじゃないのかと。

大人になると「きれいごとだけでは生きていけない」と言われ、「きれいごと」をいう人は「あまい考えの人」、「弱い人」という扱いをうけがちです。
しかし今回の西郷どんを見ていると、「きれいごとだけでは生きていけない」という人よりも、「きれいごと」を貫くことのほうがよっぽど難しく、「きれいごとだけでは生きていけない」と行動してしまうことのほうがよっぽど「あまい考え」であり、その人の「弱さ」をあらわしているんじゃないのかと感じました。

もちろん、すべての物事で「きれいごと」を貫き通すことなどできないかもしれません。
でも少しでも「きれいごと」を貫き通すことができるように、人として強い心を持てるようになりたい。今回の西郷どんを見てそう思いました。

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