「心で考える」。1番大切で、1番難しいこと。

無難が小難に、小難が大難になってしまう時(自然災害編)

以前「大難を小難に、小難を無難にするために」という記事を書かせていただいたのですが、そこでは

大難を小難にするためには、困難に向き合う時の自分の「心」が変わることが大切だ。

大難を小難にするためには、困難に対して正面から向き合い考え、何かを感じること(学んだり、反省したりすること)が大切だ。

というようなことを書かせていただきました。
(なぜそのように言えるのかは、以前書いた「大難を小難に、小難を無難にするために」という記事を読んでいただければと思います。)

今日書かせていただくテーマは逆の「無難が小難に、小難が大難になる時」です。
(状況が悪化してしまう時)

テーマが逆ということでお気づきの方もいらっしゃるかとは思いまが、そうなんです、答えは単純に逆になるだけです(笑)。

つまり「無難が小難に、小難が大難になる時」というのは

困難に向き合う時の自分の「心」が変わらない時。

困難に対して正面から向き合い考えず、何かを感じること(学んだり、反省したりすること)ができていない時。

ということになります。

さらに言わせていただきますと、上記のことは全ての物事に当てはまる「法則」みたいなものだと私は考えています。

そこで今回はこの「法則」を近年猛威をふるっている「自然災害」という出来事に当てはめることで、「無難が小難に、小難が大難になる時」というのはどういった時なのかをみなさんにも理解していただければと思います。


自然災害が「大難」になる人

まずはじめに、なぜ「自然災害」を例にしようと思ったのかといいますと、近年、とくに平成最後の年である今年は大規模な自然災害が立て続けに起こっており、これらは私たちすべての人間が直面している困難だからです。

集中豪雨猛暑大型台風、50年に1度と呼ばれるような災害が当たり前のように何度も何度も起こっています。
(これほど大きな災害でもまだ大難ではないと私は思っています。)

先ほど書かせていただいたように「無難が小難に、小難が大難になる時」というのは

困難に向き合う時の自分の「心」が変わらない時。

困難に対して正面から向き合い考えられず、何かを感じること(学んだり、反省したりすること)ができていない時。

です。

このような時に困難が大きくなり「大難」になってしまいます。

では自然災害に直面した場合に「大難」になってしまう人というのはどのような人なのでしょうか?

例えばですが、台風や豪雨などの事前にある程度予測できる自然災害ってありますよね?
ニュースでも50年に1度の災害になる危険性があるので気をつけてください!と最近よく耳にするようになりました。

事前に今まで経験したことがないような災害がせまっていると言われている中、大きくわけると人は2通りの「心」でその物事に向き合うことになります。

ある人たちはこう考えます。(この人たちを「Aのタイプ」とさせていただきます)

「Aのタイプ」
「今まで私達が経験したことのない災害の危険性があるから、今までと同じような対応じゃダメだ。入念に災害の対策をしよう。」

この人は「ハザードマップ」を見て対策をしたり、どこの避難所が安全なのかを調べたり、自分の今までしなかった対策をとろうとするでしょう。

 

しかしまったく逆のタイプの人もいます。(この人たちを「Bのタイプ」とさせていただきます)

「Bのタイプ」
「今まで何十年も住んでるけど、この地域ではそんにひどい被害は起きたことがない。いつもどおりの対応で大丈夫だろう。」

この人は特別なことは何もせず、これまでと行動を変えることはありません。
(今年2018年の台風21号でタンカーが関空連絡橋にぶつかった事故などはまさにBのタイプでした。)

 

「Aのタイプ」は今までと違う考え方(心)で災害に向きあった人。
「Bのタイプ」は今までと同じような考え方(心)で災害に向きあってしまった人。

この「Aのタイプ」「Bのタイプ」が同じような災害に見舞われた時(川の氾濫や高潮や突風など)、どちらが危険にさらされるかは明らかですよね?

「Aのタイプ」は災害に対して向き合う時の意識(「心」)を変えたおかげで「小難」でやりすごすことができます。
「Bのタイプ」は災害に対して向き合う時の意識(「心」)が変わらなかったので「大難」になってしまいます。

このように困難に対してしっかりと向き合い考ることができた人というのは、「大難」になりそうなことも「小難」にすることができますが、困難に対して向き合い考えず、今まで通りの対応をしてしまった人は「小難」ですむような物事が「大難」になってしまいます。

私たちの向き合う「心」次第で、困難というものは大きくもなりますし、小さくすることもできます。

ここまでは大きな災害が発生した場合に「小難」ですむ人と、「大難」になってしまう人の話をしてきました。
ただこの例はあくまで災害が起きた時の対処として、「小難」ですむ人と「大難」になってしまう人の話です。

根本的に自然災害自体が小さく(小難に)なるわけではありません。

自然災害自体は地球環境の悪化ととも甚大な被害をもたらすようになっているので、小さくなる(小難になる)どころか、逆に大きくなっています。(大難にむかっています)

では次はこの自然災害という困難が大きくなる原因を、今日のテーマである「無難が小難に、小難が大難になる時」の法則に当てはめて考えてみようと思います。


自然災害が「大難」にむかう時

さきほどから何度も同じことを書いているのでしつこいと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが(笑)、「無難が小難に、小難が大難になる時」というのは

困難に向き合う時の自分の「心」が変わらない時。

困難に対して正面から向き合い考えられず、何かを感じること(学んだり、反省したりすること)ができていない時。

です。

ということはですよ、自然災害の脅威が大きくなるのは、地球の環境が人間の活動により悪化しているからと言われているので、困難がどんどん大きくなっているのは、

私たち人間が地球の環境問題に向き合う時の「心」が変わらないから。
私たち人間が地球の環境問題にしっかりと向き合えず、何かを感じること(学んだり、反省したりすること)ができていないから。

ということになります。

ではいったい私たち人間のどのような「心」が変わらないので自然災害が「大難」になろうとしているのでしょうか?
どのようなことを感じること(学んだり、反省したりすること)ができていないので地球の環境は悪化しているのでしょうか?
それは私たち人間の今までの生活を振り返ることで答えがでるはずです。

私たち人間は経済の発展や物質的な豊かさを求めて、これまで生きてきました。
自分たちの国が発展し、経済的にも物質的にもより豊かになることを1番の目標として生きてきました。

確かにそのおかげで、私たちの暮らしは豊かになり、便利な世の中になりました。
昔と比べても、生活が豊かになったおかげで幸せな世の中になっているように思えます。
一見すると私たちの考えは正しく、間違っていなかったように思えてしまいます。

でも一方では、私たち人間が自分たちのことばかりを考え生きてきた影響で、地球の環境は急速に悪化しています。
森林破壊やオゾン層の破壊、大気汚染、温暖化など、いくつもの環境問題を引き起こしてしまいました。

日本でも多くの人がこれまでに経験したことのない猛暑や集中豪雨、巨大台風の影響を受けています。
夏の日中に外にでると、命が危険にさらされてしまうような異常な状況になってしまい、豪雨では川が氾濫し土砂崩れがおき、多くの人が住む家や命までも落としています。巨大台風が頻繁に上陸し経済的にも物質的にも大きな被害がでています。

私たち人間の経済的、物質的豊かさを最優先に考える「心」、今の自分たちの生活ばかりを考えてしまう「心」が、どんどん地球の環境を悪化させていき、自然災害の脅威は増していくばかりです。

たとえ一時的に、私たちの生活が便利になろうとも、その過程で地球の環境に悪影響を与えているならば、それは私たちの生活を脅かす原因になってしまいます。
そういった私たちの環境問題に配慮しない行動が、近年、自然災害の脅威という形でどんどん表面にでてくるようになってしまいました。

このように見てみると自然災害が「無難」から「小難」へ、「小難」から「大難」へと向かおうとてしている過程で、私たち人間はずっと経済的、物質的豊かさを最優先に考える「心」で地球の環境に向き合っていることがわかります。

もちろん経済的、物質的な豊かさを求めることは人間であれば普通のことで、それがすべて間違いだと言っているのではありません。
経済的、物質的な豊かさを最優先に考え行動することが、地球の環境が悪化する原因になっていると私は言いたいんです。

例えば、経済成長と環境問題を比較した時、私たちはどちらを優先しているでしょうか?

もちろん現在は経済成長を優先してしまい、環境問題は2の次、3の次になっています。
これだけ多くの自然災害がおこっても、まだまだ私たちはこの経済的、物質的な豊かさを最優先に考え行動することをやめることができません。

いくら経済的、物質的に豊かになろうとも、自然災害の脅威が増し、住む家を失ったり命を失う危険にさらされては、それは幸せとは言えませんよね?
私たちは幸せになるために経済的、物質的豊かさを手に入れようと頑張っているのに、逆にそのことが自分たちの首を絞める結果になってしまうのなら、その間違っている部分を反省し改めなければいけません。

地球の環境を大切にしようという「心」を優先したうえで、経済的、物質的な豊かさ求めていくというように変わらなければなりません。

その「心」さえあれば、様々な場面で今までとは違った選択ができるようになるはずです。

近年は「京都議定書」や「パリ協定」など、環境に配慮する取り決めがなされていることを見ると、私たちの中で少しずつですが環境を大切にしようという「心」が大きくなりつつあるのがわかります。
これはとても大きな1歩で、とても重要な1歩です!

ただそれでもまだ地球の環境を大切にしようという「心」を優先しているとは言うことはできません。
パリ協定では地球の平均気温の上昇を2℃以下に抑えようという目標がかかげられていますが、今現在で地球の平均気温は1℃上昇しているといわれていますので、今後もまだ温暖化は進み自然災害の脅威はさらに大きくなることが確実な状況となっています。

どの国も経済的、物質的な豊かさを1番に考える「心」、自分たちのことだけを考える「心」がまだまだ優先されているので、「代替えエネルギーは何にしようか?」「環境問題のために経済成長をとめるわけにはいかない」、そういった方向でしか物事を考えることができていません。

このようにまだ自然災害が「大難」へむけて進んでいるところを見ると、私たちの「心」が変わることができていないことがわかります。

環境を大切にしようという「心」を優先させることができれば、パリ協定で決まったこと以上のことができるはずなんです。
「代替えエネルギーの問題が解決するまで節約しよう」など、「心」さえ変われば、まだまだできることはたくさんあるはずです。

しかし日本を見ても、世界を見ても、まだそういった方向で物事を考えられていないと思います。
大きな自然災害がおこっても、どちらかというと上記で書かせていただいた「自然災害が起きた時の向き合いかた」のようにその場限りの対処療法だけで、根本的な原因である私たちの生活を見直そうという声があまり聞こえてきませんよね?
「日本の経済的発展に力をいれよう!」「もっともっと物質的に豊かな暮らしがしたい!」、そういった「心」を優先して行動しているのが現状だと思います。

だからこそ、1人1人が地球の環境にしっかりと向き合い、自分たちが「困難」を大きくしていることに気づかなければいけません。

地球の環境を大切にしようという「心」を優先できるようになれば、自然災害という「困難」を小さくすることにつながり、今よりも本当の意味で生活を豊かにすることにつながるはずです。

地球の環境が良い状態であれば、干ばつや集中豪雨なども少なくなり、その恩恵を受けることができます。
作物はよく育つでしょうし、自然災害による経済的なダメージも減るでしょう。
自然災害が小さくなれば、現状よりもはるかに多くの人の命が助かるはずです。

また地球の環境を大切にしようと思える「心」の人は、自分のことだけでなく、多くの人たちのこと、未来の子供達のことを考えることのできる人でしょうから、目先の欲にとらわれず、大局的に物事を考え、よりよい社会を築くことに貢献できるでしょうし。

経済的、物質的な豊かさばかりでは決して幸せになれないことは、この自然災害の脅威を見れば明らかです。
アメリカのような世界一の経済大国と言われる豊かな国でさえ格差社会で苦しんでいる人が多いのを見ても、今までの「心」ではいけないことは明らかですよね。
(自然災害はもちろん、格差社会も、私たちの経済的、物質的な豊かさを優先させる自分中心の「心」で行動していることが原因です。)

自然災害という「困難」を大きくしてしまった失敗から学び、地球の環境問題にしっかりと向き合い、自分たちの意識(心)を変えていくことが、自然災害が「大難」にならないようにするためには必要です。


偉そうに書いてきましたが、私自身も自然災害という困難を大きくしてしまった原因の1人です。
だからこそ自然災害という「困難」に向き合い、考えなければいけないと思いました。

地球の環境問題に向き合った時に私は、地球は自分の家みたいなものだったんだな。と強く感じました。
自分が地球の上で暮らしているのにもかかわらず地球の環境を悪化させるということは、自分の家を少しずつ壊しているようなものです。
当たり前のことですが、自分で自分の家を壊しておいて幸せに暮らせるわけはありませんよね。

森林破壊やオゾン層の破壊、大気汚染、温暖化など、地球という家を壊せば壊すほど、その上で暮らしている私たちが住みづらくなるのは当然のことです。
地球の環境問題に目をむければむけるほど、これほど自業自得である問題も珍しいんじゃないかと思ったほどです。

結局は私たちこの地球で暮らす人間1人1人の「心」が、良くも悪くも今の地球の環境を築く要因になっているんだと思います。

自分たちのことばかりを考え地球の環境問題に向き合えない人が多ければ、環境に配慮せずに行動してしまうので、今のような自然災害という「困難」がどんどん大きくなる原因を作り続けてしまいます。

逆にこの自然災害の脅威から何かを学び、反省できる人が増えれば増えるほど、環境を大切にしようと行動できるようになるので、様々な場面で「困難」を大きくする原因をなくすことができます。

だからこそまずは自分自身の「心」が変わることが大事だと思います。

「周りを変えるにはまずは自分から」というように自分自身が変わらなければ何も変えることはできません。

自分で言うのもなんですが(笑)、この自然災害の問題を取り扱おうと思ったのは私自身の「心」が少し変わったからだと思います。
近年の自然災害の脅威に対して向き合い考えてみる機会をもったからこそ、今日このブログを書く気持ちになれたんだと思います。

そしてもしこのブログを読んでくださった方の中に1人でも共感していただける方がいるなら、それは私自身の「心」が変わりブログを書く気持ちになれたからこそ、その方の「心」に何かを伝えることに繋がったということになります。

自然災害という途方もない大きな問題なので自分1人が変わってもしかたがないと思っていては、本当に何も変えることができません。

自分自身が変わることができれば、誰もが周りに何らかの影響を与えることができる可能性を持っています。

自然災害という「困難」を少しでも小さくするためには、1人1人が自然災害から学び、今の自分にできることを考え行動することが大切だと私は思っているので、これからは今の自分にできることを考え、生活していこうと思います。
(もちろん完璧にはできませんが、「今の自分」を基準に、少しずつ環境に配慮できる「心」に成長していけたらと思います。)

そして1人でも多くの方が私と同じように感じてくれれば、とてもうれしく思います。

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