「心で考える」。1番大切で、1番難しいこと。

「頭で考えること」、「心で感じること」の違いとは

みなさんは「頭で考える」「心で感じる」、この2つの違いって何だかわかりますか?

なんとなく「頭で考える」ことより「心で感じる」ことのほうが良さそうな気はしますが、「言葉で説明してくれない?」と言われると困ってしまいますよね。
よくドラマや映画、漫画などでは、師匠が弟子に向かって「頭で考えるんじゃない!心で感じるんだ!!」と言っているのを見聞きしますが、おそらく師匠も「具体的に説明してくれません?」と言われると困るはずです(笑)

私は「心で考える」というブログを書いている関係で、「心」で感じることを意識して生活するようになりました。というより「心」で感じることがとても大切だと思ったからこそ、このブログを書いているとも言えますし、意識して生活するようになったとも言えます。

今日は「心」で感じることを意識して生活するようになり気づいた「頭で考える」「心で感じる」、この2つのの違いを書いていこうと思います。

「頭で考える」と「心で感じる」の違いを言葉で表すことで、みなさんには2つの違いを、まずは「頭」で理解していただきたいと思います。そして2つの違いを、実生活を通して「心」で感じていただければと思います。

 


「本質」が見えるのは、「頭で考えた時」ではなく「心で感じた時」

「頭で考える」と「心で感じる」の違いは、一言でいうと『本質を捉えることが「できるか」「できないか」』の違いです。

「頭」で考えた場合、私たちは物事を浅くしか見ることができません。しかし「心」で感じることができれば、物事を広く深く見ることができます。
私たちは物事を広く深く見ることができた時、その物事の「本質」を捉えることができます。

冒頭で師匠と弟子の話をしましたが、「頭で考えるんじゃない!心で感じるんだ!!」というセリフは、『物事を一面や表面上の情報だけで判断するのではなく、「本質」を捉えなさい。』と言っているのと同じです。

じつはこの「頭で考えるんじゃない!心で感じるんだ!!」という言葉は、世の中では様々な表現で語られています。

「失敗は成功のもと」

「目先の欲に囚われてはいけない」

「見た目に惑わされてはいけない」

「基礎を疎かにしてはいけない」

一見すると全て違う言葉のようですが、これらの言葉は全て『「頭」で考えるのではなく「心」で感じなさい。』と言っているようなものです。

上記の言葉を言い換えるとするなら、下記のようになります。

「頭」で考えていては、「失敗」を活かすことはできませんよ。
「頭」で考えていては、「欲」に囚われますよ。
「頭」で考えていては、「見た目」に惑わされますよ。
「頭」で考えていては、「基礎」を疎かにしてしまいますよ。

では「頭で考える」「心で感じる」とは、具体的にどのように考えたり感じたりすることなのでしょうか?

 

・「頭で考える」とは?

「頭」で考えるとは、文字どおり人間の「頭」を使い考えること、つまり「脳」が持っている「力」を使い考えることです。

私たちが普段無意識に使っている「脳」の力ですが、この脳の力に私たちは知らないうちに大きく影響されています。具体的には脳に備わっている様々な「特徴(クセ)」が、私たちの視野を狭めてしまい、判断に悪影響を及ぼしていると言えます。

脳の特徴は人類が進化の過程で手に入れたものなので、私たちにとって必要不可欠なものです。しかし私たちの脳はまだ進化の途中であり、完璧ではありません。そのため頭で考えてばかりいては、誤った判断(視野の狭い状態で判断)を下してしまうことがあります。

ご存知の方はいらっしゃるかもしれませんが、私たちの脳の特徴には「ネガティブな物事に敏感に反応する」というものがあります。これは人類が進化の過程で得た特徴の1つです。この特徴は私たちが生きていく上で欠かせないものですが、同時に一面を重視してしまう原因にもなっています。

現代で暮らしている私たちにはあまり実感が湧かないかもしれませんが、今のように安心して暮らせる環境が整ったのはつい最近の話になります。人類が誕生してから数百万年経ちますが、そのほとんどの期間、私たち人間は命が脅かされる環境で暮らすことを余儀なくされてきました。

猛獣の襲われるような危険な時代や安全性の高い家などなかった時代、争いが絶えない時代も長く続きました。また現代のように科学力はまだ発展していない時代です。自然の法則(天気)がわからない、病気の原因(細菌やウイルスの存在)がわからない、このような環境で人類は長い間生きていかなければなりませんでした。

そのため人類が生き延びるためには、危険な物事に対して敏感に反応することが必要でした。1つのミスが命とりになることも珍しくない環境下では、過剰反応と呼べるくらい危険に敏感な方が、生存率が高まるからです。

つまり私たちに備わっている「ネガティブな物事に敏感に反応する」という特徴は、命を守るために人類が得た能力だったわけです。
そのため本来ならこの特徴がもたらす反応に従い行動することが正解であり、従わないことは命を危険に晒すことを意味していました。

ただ環境が変われば、いくら重要だった特徴でも環境に適応させなければなりません。今の時代に合うよう、調整することが必要です。しかし世の中の安全性が高まったのは、つい最近の話です。脳の進化は途方もない年月をかけて行われるものなので、急に現代に適した特徴に変われるかというと、それは無理な話です。そのため私たちが暮らす環境下でも同じような反応をしてしまい、それが過剰反応として判断に悪影響を与えてしまうことになっています。

ネガティブな物事に敏感に反応するということは、ネガティブな一面を重視することにつながります。
つまり頭で考えてしまうと物事のネガティブな一面だけを重視してしまうので、視野の狭まった状態で判断をしていることになってしまうわけです。

例えば「失敗」という出来事について、頭で考えてしまうとどうなると思いますか?
当然ネガティブな面ばかりに目を向けてしまい、失敗を「嫌な出来事」と認識するようになります。失敗を「嫌な出来事」と認識してしまえば、「落ち込む」という判断につながってしまうこともあるでしょう。また人は嫌なものを避けたくなるものなので、「目を背ける」「ごまかす」「人のせいにする」といった、失敗から逃れようとする判断につながってしまいます。

本来失敗とはネガティブな面以外にも、「成功のもとになる」というポジティブな面がある出来事です。しかし私たちの「脳」はネガティブな面を強く感じとってしまうので、いくら「成功は失敗のもと」という言葉を知っていても、ポジティブに考えることはできません。
その結果落ち込んでやる気を無くしたり、「目を背ける」「ごまかす」「人のせいにする」といった、自身のためにならない判断を下してしまうことになります。

私たちが生きる現代の環境下では、しっかりと物事を受けとめ考えるべき場面がたくさん存在します。
しかしネガティブな物事に敏感に反応する特徴を備えている私たちは、物事を受けとめ考えるどころか、ネガティブな一面だけを重視し答えを出してしまいます。
物事に潜む様々な要素を受けとめ考えることができた時と、ネガティブな一面だけで考えてしまった時を比べれば、どちらが良い判断を下せるのかは明らかですよね。

これが「脳」の反応に従った時に、私たちの身に起きる出来事です。

私たちがより良い判断を下すためには、広い視野で物事に向き合い考えなければいけません。
しかし多くの方は自分ではしっかりと考えているつもりでも、いつの間にか「脳」の影響を受け、一面や表面上の情報に囚われ判断を下しています。
良い表現ではないかもしれませんが、「脳」が道具だとすると、その道具に振り回されているが私たちの現状です。これでは「脳」という素晴らしい道具を活かすことはできません。

ではどうすれば、この脳の反応に惑わされずに済むのでしょうか?

その方法を伝えているのが「頭で考えるのではなく心で感じなさい!」というセリフです。

 

・「心で感じる」とは?

「心で感じる」とは、物事の全てを受けとめようとすることです。脳の反応に従い一面や表面上の情報だけで判断するではなく、しっかりと物事に向き合い考えることが「心で感じる」ことです。

突然ですがみなさんは精神力が強い人って、具体的にどのような人なのか説明できますか?

精神力が強い人というのは、ちょっとやそっとじゃ動じない人です。そして精神とは「心」のことです。
つまり精神力が強い人というのは、ちょっとやそっとじゃ動じない「心」を持っている人を指します。
突然この話をしたのは、「動じない心」というのが今回の話のポイントになるからです。

「心」で感じる時の心は、「動じない心」の状態を意味します。
つまり「心で感じる」とは、何事にも動じることない心の状態で、物事に向き合い考えようとすることなんですね。

この状態で物事に向き合うことができれば、一面や表面上の情報に囚われることなく、様々な要素を受けとめで判断を下すことが可能になります。

これは先ほど例に出した「失敗」に当てはめ考えていただければ、わかりやすいかと思います。

失敗について頭で考えてしまった場合、ネガティブな面を重視してしまいましたよね。
脳の反応に「心」が惑わされ、失敗の一面だけを見て判断を下してしまいました。しかし「心」が動じなければ、脳の反応に影響されることがないので、ネガティブな一面だけを見て判断せずにすみます。それに加え一面を重視することがないので、様々な要素を平等に受けとめることができます。

そして広い視野で受け取めた情報を頭で整理することで、今自分にできる最善の判断を下すことができるようになります。

「失敗は嫌な出来事ではあるけれど、成功のもとにすることもできる。じゃあ成功のもとにしたほうがいいよね。」という具合に。

このように「心」で感じることができれば、一面や表面上の情報に左右されることはなくなります。物事に潜む様々な要素を受けとめ、「本質」を見極め答えを出すことができるようになります。

失敗をした時は「成功のもと」にすることが、私たちにできる最善の選択だと気づいた人たちのように。

物事というのはしっかりと向き合い受けとめなければ、本質を見極めることはできません。そのために「心」で感じることを大切にしなければいけません。

 

ではさきほど上の方で紹介した言葉にも、当てはめて考えてみようと思います。

「目先の欲に囚われてはいけない」

「見た目に惑わされてはいけない」

「基礎を疎かにしてはいけない」

これらは全て「脳の反応に従ってばかりいてはいけない」と教えてくれている言葉です。

「頭」で考てしまうと、「脳」に備わっている「目先の快楽」を求めるという特徴に左右されてしまいます。(「欲」に負ける)

「頭」で考てしまうと、「脳」に備わっている「ネガティブな面など一面の情報を重視する」という特徴に左右されてしまいます。(見た目に惑わされる)

「頭」で考えてしまうと、「脳」に備わっている「面倒くさがる」という特徴に左右されてしまいます。(基礎を疎かにしてしまう)

私たちは「頭」で物事を考えてしまう時、最善の選択ができなくなってしまいます。
逆に「心」で物事を受けとめることができれば、より良い選択肢を選ぶことができます。

「心」で感じることができれば、目先の「欲」に囚われず、より全体(先)を見て良い判断を下せます。

「心」で感じることができれば、見た目で判断するのではなく、「人」や「物事」に潜む様々な要素を受けとめ判断を下すことができます。

「心」で感じることができれば、基礎の「面倒くさい」「地味」「面白くない」といった「表面上の情報」に左右されることなく、「本質」を捉えることができます。基礎の本質が「成功のもと」であることに気づき、大切なものとして扱うことができます。

 

私たちが生きていく中で、「頭で考える」(「脳」の力を使う)ことはとても大切です。
しかし「頭」で考えてばかりいては、「本質」を捉えることはできません。
物事を広く深く見ることができなければ、「本質」を見逃してしまいます。
より良い判断を下すためには、「心」で感じることを大切にし、「本質」を見極めることが重要です。

(「失敗は成功のもと」「基礎が大切」の個別の「本質」については、以前このブログで書いた記事をお読みいただければと思います。)

 


自分の「本質」を捉えよう

私たちの今の世の中というのは、「頭で考える」ことが当たり前になっています。

子供の時を思い出していただければおわかりかと思うのですが、私たちは「成績」「運動神経」といった、ある一面を見て物事を評価することが当たり前の中で生きてきました。
人それぞれに「得意なこと」、「苦手なこと」、「興味があること」、「興味のないこと」、「頑張れること」、「頑張れないこと」があるのにも関わらず、ある一面の評価を重視し優劣を決めてしまいます。

子供の頃から「ある一面の評価」を重視して人を判断することが当たり前になっているので、私たちの多くは何の疑問を持つこともなく、「頭」で考えることが当たり前になり大人になります。そして多くの人は「頭」で考えること、つまり「脳」が求めるものを満たすために人生を歩むことになります。
「他人と比べて自分はどうか」「世の中の基準に照らし合わせて、自分の収入、生活、容姿はどうか?」など。

もちろん私たちは人間ですから、みなこのようなことを気にするのは当たり前のことです。お金を稼ぐことや世間の目を気にすることは、「脳」が求めてしまうものなので、それを感じないのはまた別の意味でおかしなことなのかもしれません(笑)

ただこのように自分の「表面上の世界」を満たすためだけに(囚われて)自分の人生を歩んでいるとしたら、それは本当に自分の「本質」から出た答えに従って、人生を歩んでいると言えるのでしょうか?

これまで説明してきたように、私たちは「頭」で考えてしまうと物事を一面や表面上の情報で判断してしまいます。「心」で感じることができれば、一面や表面上の情報に囚われず、より良い判断を下すことができます。

これは自分の「人生」に当てはめても、同じことが言えます。

もし私たちが「お金」や「世間体」や「将来の不安」などに囚われて生きているなら、自分自身の人生を「頭」で考え生きていることになります。
一面や表面上の情報に囚われ、「心」の奥底にある自分の「本質」に気づくことができていない状態で、人生を歩んでいる可能性があります。

自分が持つ「本質」に気づき生きていきたいのなら、「頭」で考えた物事に囚われることなく、自分自身にしっかりと向き合い考える必要があります。

「自分が何に囚われ、物事を考えてしまっているのか?」

「自分が本当に求めているもの何か?」

「心がワクワクすることは何か?」

「心から喜びを感じることは何か?」

脳の反応に惑わされることなく自分自身を見つめ、「本質」に気づくことが自分らしく人生を生きることに繋がります。
自分自身の本質を発揮できた時、私たちは本当の意味で「幸せ」を感じることができます。
それはいくら「お金」や「地位」や「名誉」を手に入れても、満たすことができないものです。

だからこそ私たちは自分の「本質」に目を向けられるよう、「心」で感じることを大切にしなければなりません。

 


今日は「頭で考える」「心で感じる」、この2つの違いを説明させていただきました。

人間の「脳」は優秀なので、私たちはついつい自分の頭で判断しようとしてしまいます。しかし「心」でしっかりと物事に向き合わなければ、「本質」に気づくことはできません。私たちがより良い判断を下せるようになるには、「心」で感じることを大切にしなければなりません。

もちろん「頭」で考えることが悪いというわけではありません。要は「心を使い頭を活かす」、これが大事なわけです。

人類が築いてきた文明を見ればわかるように、私たちの「脳」をとても優れています。脳の力をうまく活かすことさえできれば、想像だにしなかったことさえ可能になります。何千年も前に生まれた人たちが、空を飛んで(飛行機)で気軽に他県や他国に行けるようになるなんて、夢にも思わなかったように。だからこそ「脳」が持つ素晴らしい力を活かすために、「心」で感じることを大切にする必要があります。

私たちは「心」で感じることで、物事に潜むたくさんの要素を受けとめることができるようになります。そして受けとめたものを整理し活かす力が「脳」にはあります。

だからこそ順番が重要です。

どのような物事に向き合う際にも、まずは「心」で感じることを大切にする。そして「心」で感じ受けとめたものを活かすために「頭」で考える。
「心で感じる→頭で考える」、この順番で物事に向き合うことができれば、私たちは物事の「本質」を見極め、今の自分にできるベストな判断を下すことができるのですから。

 

ちなみに「心」で感じるためのコツは、脳が落ち着いた状態を作りだすことです。

実生活では多かれ少なかれ、誰もが必ず脳の反応に囚われ、物事を一面や表面上の情報で判断してしまうことがあります。これは人間である以上、避けることはできません。しかしこのことを自覚し意識することで、囚われた時に気づき対処することが可能になります。

脳の反応に影響されてしまうということは、脳の反応を落ち着かせてあげればいいわけです。
みなさんの馴染みのある言葉でいうなら、頭を冷やすことが大切になります。そしてその方法の中には、科学的に有効であると証明されたものがたくさんあります。

ゆっくりと深呼吸をすることであったり、物事から少し離れ時間をおくことであったり。散歩をしたり、運動をするのも効果が期待できます。
また「瞑想」「ヨガ」「マインドフルネス」は、脳の反応を落ち着かせるだけでなく、脳の反応に気づく力、囚われない力も鍛えることができます。

「心」で感じ広い視野でより良い判断ができるようになりたい方は、ぜひこれらの方法を試してください。
きっと人生が大きく変わることになりますよ。
(もちろん良い方向へ)

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    • 佐藤憲一
    • 2020年 10月 03日

    読ませて頂きました。感動しました。僕が、感じてること考えていたことおが、間違いでは無いと、確信しました。ありがとうございました

      • muujin
      • 2020年 10月 03日

      コメントいただきありがとうございます。
      このブログが佐藤さんの「心」に少しでも何かをもたらすことができたのなら、これほど嬉しいことはありません!
      最近は更新が滞っているのですがまた色々書いていくつもりなので、半年に1度ぐらいは顔を出しに来てください!笑

      「心」を大切に、「心」のままに、お互い人生を歩んでいきましょう!

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