「心で考える」。1番大切で、1番難しいこと。

大河ドラマ 「西郷どん」第38話 侍の価値観が起こした悲劇(感想)

今回の「西郷どん」38話では、吉之助の弟である「吉二郎」の死という大きな出来事がありました。

戊辰戦争では多くの死者をだす戦いとなり、その犠牲者の中の1人に吉二郎もいました。

吉二郎は薩摩で西郷家を守っていましたが、兄である吉之助、弟である信吾や小平が第一線で戦っている姿を見てうらやましく思っていました。
自分も侍として、薩摩隼人として、戦場で活躍したいという強い思いを持っていました。

吉二郎の思いは強く、信吾が「自分から望んで戦場に行くものではない」と説得しますが、吉二郎の気持ちがかわることはありません。

この時代もまだ国のために死ぬことは名誉のあることだという価値観、侍の誇りのために死ぬことこそ本望という価値観が残っている時代でした。
そういった時代だからこそ、吉之助は吉二郎が「戦さに参加したい」と志願した時に、反対せずに認めてあげたんだと思います。
吉二郎の嫁である「園」も吉二郎の願いを聞いてください。と吉之助に頼み込んだように、多くの人がそういった侍の価値観で生きている時代でした。

ただ、この価値観で行動したことで、吉二郎は戦死という結果になってしまいます。
吉之助や兄弟達はもちろん、嫁の園、熊吉、糸、家族みんなが悲しみにくれることとなります。

私はこの場面を見て、西郷家の人たちは「侍の価値観」をどのように感じていたんだろうかと思いました。

大切な家族を失って、侍という価値観で戦争に行かせてしまったことを「後悔」したのか、それとも立派に侍として生きたのだから悲しいけれど仕方のないことだったと納得したのか。

もちろんこれは昔のはなしであり、とうの本人たちに聞かなければわからないことなので、答えの出ない問題です。
おそらく侍の価値観を持って生きていた時代なので、後者のように吉二郎の死は立派だったと納得するしかなかったんだと思います。

ただ、私は、「後悔」という気持ちが少なからずあったとも思っています。
本人達は認めないかもしれませんが、家族の悲しむ姿からは少なからず心のどこかに「後悔」という気持ちがあったように見えてしまいます。

人の価値観というものは時代とともに変わるものだと言われているので、この時代では「侍の価値観」で生きたことは正しいことだと思う方のほうが多いかもしれません。
しかし私は「正しい価値観」、「間違った価値観」というのは時代がかわっても変わることのないものだと思っています。

あれだけ兄弟や家族が悲しんでいるのなら、吉二郎がえらんだ選択は間違いだったと思いますし、吉之助達がこれほど悲しんでいるなら、吉二郎を戦さに参加させたのも間違いだったように感じます。

侍という価値観が吉之助達を不幸にしたのなら、「侍の価値観」が間違っていたということだと思います。

私たち人間というのは、その時代の価値観が当たり前になってしまい、その価値観が正しいことのように感じてしまいます。
でも今回の吉二郎の死を見ると、「侍の価値観」が間違っており、「侍の価値観」がこの悲劇を生んでしまったように感じます。

もちろん戊辰戦争自体も、侍の誇りを守るために起こってしまった戦さであるところが大きいので、このような「侍の価値観」がおこしてしまった悲劇の1つです。

そう考えると、人間が生きる時代ごとに価値観というものはありますが、何が正し価値観で何が間違っている価値観であるかをしっかり考えることはとても大切なことのように感じました。

侍の価値観が悲劇を生んでしまったように、今を生きる私たちの価値観の中にも、もし悲劇を生むようなことに繋がる価値観があるなら、そのことについて向き合い考えるということが大事なことだと思います。

価値観というのは、私たちの中で「当たり前のこと」になりがちだからこそ、何が正しくて何がいけないのかを考えて生きていきたいものです。

 

あと最後に「西郷どん」38話の放送内容について一言だけ言わせてください。

今回の「西郷どん」38話の1番感動的な場面で、今すぐ知らせなくてもよい「野球の速報」をテロップで流すNHKさんの価値観も、ぜひ向き合い見直していただければと思います!

あのタイミングでテロップを流すという価値観も、多くの視聴者にとっては悲劇的なものだったと思うので(笑)

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